御祭神

【菅原道真公】は平安時代の政治家・文人・学者で、貞観4年(西暦862年)文章生から身を興し、文章博士となり、右大臣にまで登りましたが、延喜元年(西暦901年)藤原時平の言により大宰府に左遷されました。公が没して後、時平とその一門が多く不慮の死をとげ、清涼殿に落雷して廷臣が死ぬ等があり、道具が雷神となって祟りをしたと信じられ、神託をうけてまつったのが、京都の北野神社です。九州大宰府に葬った墓地を中心にしてまつった神社が大宰府天満宮です。
 はじめ大雷神と畏怖され、天満大自在天と崇められましたが、しだいに生前の徳を慕い文教の祖神と仰がれるようになりました。

【建御名方神】は諏訪大社を本社として、一万有余社にまつられている神です。大国主命が天孫に国譲りする時、御子神事代主神と建御名方神に相談したところ、この神は承知せず、建御雷神と力競べをして敗れ、諏訪に逃れて信州の開発にあたったとされます。殖産興業の神として、関東から東北を中心に広く信仰されています。